上高地に泊まると決めたあなた。
昼間の穂高連峰や河童橋の絶景を楽しみ、夕食を終え、部屋に戻ってきたその夜。ふと窓の外を見ると、想像を絶する暗闘が広がっていることに気づくはずです。
「せっかく泊まるなら、夜の上高地を歩いてみたい」
「満天の星空を写真に収めたい」
そう思いながらも、同時にこんな不安が頭をよぎりませんか?
- 「真っ暗すぎて怖い。道がまったく見えないのでは?」
- 「クマが出るって聞いたけど、夜に遭遇したらどうしよう」
- 「一眼レフなんて持っていない。スマホで星なんて撮れるの?」
この気持ち、痛いほどわかります。
結論から言います。
夜の上高地は「正しく怖がる」ことで、一生モノの体験に変わります。
行っていいエリアを限定し、最低限の装備を持っていけば、頭上には「天然のプラネタリウム」が広がっています。
この記事では、上高地の夜を歩くために必要な「安全マップ」「装備リスト」「スマホ撮影術」を徹底解説します。
読み終えるころには、「今夜、ちょっと外に出てみようかな」と思えるようになるはずです。
【現実】夜の上高地はどれくらい怖い?「暗闇」と「クマ」のリアル

まず、夜の上高地がどれくらい「ガチで暗いのか」を知っておきましょう。
舐めてかかると、文字通り足元をすくわれます。
暗さのレベル:「手元すら見えない」
上高地は標高約1,500mの山岳地帯です。
当然ながら、街灯はありません。
都会で「暗い」と感じる夜道を思い浮かべてください。
それでも、コンビニの明かりや、遠くのビルの灯りが視界に入っているはずです。
上高地の夜は、そのレベルではありません。
ホテルの玄関を一歩出ると、自分の手のひらすら見えないほどの闇が広がります。
- 木の根や砂利道の段差が見えず、転倒リスクが高い
- 方向感覚を失いやすく、道迷いの可能性がある
- 前を歩く人のシルエットすら、距離が離れると消える
「スマホのライトがあれば大丈夫でしょ」と思うかもしれません。
しかし、スマホのライトは足元を照らすだけで精一杯。
周囲の状況を把握するには、圧倒的に光量が足りません。
ポイント
スマホライトは「懐中電灯の代わり」にはなりません。あくまで予備として考えてください。
クマ遭遇リスク:「ゼロではない」前提で動く
上高地はツキノワグマの生息域です。
「遊歩道なら大丈夫」と思いたいところですが、上高地ビジターセンターは継続的にクマの目撃情報を発信しています。
参考: 上高地ビジターセンター クマ目撃情報
特に夜間は、人の気配が極端に減ります。
クマにとっては「いつもの縄張り」に戻る時間帯であり、遭遇リスクは日中より高くなると考えるべきです。
クマに関する誤解
「大声を出せばクマは逃げる」と思っていませんか?
上高地のクマ対策資料では、「大声で叫ぶ」「走って逃げる」といった行動が逆効果になりうることが記載されています。
参考: 上高地クマ対策資料 (PDF)
つまり、遭遇してから対処するのではなく、「遭遇しない計画」を最優先にするのが鉄則です。
静寂という恐怖:音がないと、人は怖くなる
夜の上高地では、自分の呼吸音がやたら大きく聞こえます。
風で木々が揺れる音、遠くを流れる梓川のせせらぎ。
それ以外は、ほぼ無音です。
この静寂は、都会に慣れた私たちにとって、想像以上に心理的なプレッシャーになります。
「何かが近くにいるのでは」
「後ろから足音が聞こえた気がする」
こうした錯覚が、恐怖心を増幅させます。
これは自然なことであり、「怖い」と感じること自体は正常な反応です。
大事なのは、その恐怖心を「準備」によって和らげることです。
【安全マップ】絶対に行ってはいけない場所と、許される「散策エリア」

夜の上高地を歩くうえで、最も重要なのは「行動範囲の制限」です。
「もうちょっと先まで行ってみよう」という好奇心が、最大のリスクになります。
暗闘の中では距離感が狂い、気づいたときには「引き返せない場所」まで来てしまうことがあるからです。
ここでは、上高地を3つのエリアに分け、夜間のリスクレベルを整理します。
【緑信号】安全エリア:河童橋〜バスターミナル周辺
| 場所 | 特徴 | 夜間のポイント |
|---|---|---|
| 河童橋 | 上高地のシンボル。宿泊施設から近い | 星空撮影のメインスポット。人の気配あり |
| バスターミナル周辺 | 売店や施設がある(夜は閉まっている) | 開けた場所で視界が良い。トイレあり |
| ホテル周辺(五千尺、白樺荘など) | 宿泊者が多い | 緊急時にすぐ戻れる安心感 |
このエリアは、宿泊者の夜の散策を想定したエリアです。
ガイドツアー(ナイトウォーク)が実施されることもあり、完全な無人になることは少ないです。
安全エリアのルール
- ホテルから徒歩5〜10分以内に収まる範囲を目安にする
- 河童橋の上は「人が通ると揺れる」ので、撮影時は橋のたもとへ
- 複数人で行動し、前後の距離を詰める
【黄信号】警戒エリア:小梨平キャンプ場の手前
小梨平キャンプ場は、テント泊のキャンパーが多く利用するエリアです。
夜でも人の気配はありますが、キャンプ場の奥は暗がりが多く、足元が不安定な場所も増えます。
- 管理棟付近までは比較的安全
- テントサイトの奥へ進むのは避ける
- キャンプをしていない人が深夜に立ち入ると、不審者扱いされる可能性も
このエリアに行く必要がある場面
正直、夜のナイトウォークで小梨平まで行く必要はほとんどありません。
星空は河童橋周辺で十分に見えます。
【赤信号】禁止エリア:小梨平より奥、明神方面
ここからは、夜間絶対に入ってはいけないエリアです。
| 禁止エリア | 理由 |
|---|---|
| 小梨平キャンプ場より奥 | 人の気配が激減。クマの行動圏と重なる |
| 明神池方面の遊歩道 | 足場が悪く、暗闇では転倒リスク大 |
| ウェストン碑より下流の林間コース | 川沿いで滑りやすい。視界が極端に悪い |
| 大正池方面 | 距離が遠く、戻れなくなる危険性 |
上高地のクマ対策資料では、エリアを「散策エリア」「自然探勝エリア」「トレッキングエリア」に分け、それぞれにリスクレベル(0〜3)を設定しています。
夜間は視界・判断力が落ちるため、リスクレベル0の「散策エリア」のみに留まるのが鉄則です。
「ちょっとだけ」が命取り
暗闘の中で「もう少し先に良いスポットがあるかも」と思っても、絶対に禁止エリアに踏み込まないでください。
距離感が狂っている状態では、引き返す道すら見失う可能性があります。
【装備】「スマホのライトだけでOK」は命取り!深夜徘徊の3種の神器

夜の上高地を歩くなら、最低限の装備を揃えてください。
「大げさでは?」と思うかもしれませんが、これらがないと安全に楽しむことすらできません。
第一の神器:ヘッドライト(両手が空くことが重要)
スマホのライトでは、絶対に不十分です。
理由は明確です。
| スマホライト | ヘッドライト |
|---|---|
| 片手がふさがる | 両手が空く |
| 光が弱い・拡散しない | 十分な光量で足元を照らせる |
| 転倒時に手をつけない | 転倒時に両手で受け身が取れる |
| カメラ操作ができない | 撮影しながらライトを使える |
ヘッドライトは、登山用品店でなくても手に入ります。
- 防災用のヘッドライト(ホームセンターで1,000円前後)
- 100均のヘッドライト(明るさは劣るが、ないよりマシ)
すでに家にあるなら、忘れずにスーツケースに入れてください。
スマホライトは「予備」として持つ
ヘッドライトが電池切れになったときのバックアップとして、スマホは有効です。
ただし、主灯にしてはいけません。
第二の神器:防寒着(夏でもダウンが必要)
上高地の標高は約1,500m。
夏の夜でも気温は15度以下になることがあります。
| 時期 | 夜間の服装目安 |
|---|---|
| 7月〜8月 | 長袖+薄手のダウン or フリース |
| 9月〜10月 | ダウンジャケット+暖かいインナー |
「東京の10月下旬〜11月上旬」の夜をイメージしてください。
半袖で外に出たら、間違いなく震えることになります。
ユニクロのウルトラライトダウンは、軽くて持ち運びやすく、上高地の夜には最適です。
すでに持っているなら、必ず荷物に入れておきましょう。
寒さは集中力を奪う
寒いと、星空どころではなくなります。
「撮影に集中できない」「早く帰りたくなる」という事態を避けるため、防寒は万全に。
第三の神器:クマ鈴(使い方に注意)
クマ対策として、クマ鈴を持っていくことをおすすめします。
ただし、使い方には注意が必要です。
| 場面 | クマ鈴の使い方 |
|---|---|
| ホテル周辺・河童橋付近 | 鳴らさない(他の宿泊者の迷惑になる) |
| 人の気配がない移動中 | 鳴らす(クマに存在を知らせる) |
| 撮影中(静止している時) | 止める(静かに撮影に集中) |
夜の上高地では、音が異様に響きます。
ホテルの客室まで聞こえることもあるため、「ずっと鳴らしっぱなし」は絶対にNGです。
クマ鈴の目的
クマを「追い払う」のではなく、「こちらの存在を知らせて、向こうから避けてもらう」ことが目的です。
遭遇を防ぐためのツールであり、遭遇後に効果があるわけではありません。
【撮影】iPhone/Pixelで星空を撮る!「準備で9割決まる」スマホ撮影術

「一眼レフがないと星空は撮れない」と思っていませんか?
確かに、専用機材があれば美しい写真が撮れます。
しかし、最近のスマホは夜間撮影性能が飛躍的に向上しています。
iPhoneのナイトモード、Pixelの天体撮影モードを使えば、肉眼で見える星を写真に収めることは十分可能です。
大前提:三脚がないと100%失敗する
スマホでの星空撮影には、長時間露光が必要です。
- iPhoneのナイトモード:最大30秒
- Pixelの天体撮影モード:最大4分
この間、スマホが少しでも動くと、写真はブレブレになります。
手持ちは諦めてください
「息を止めれば大丈夫」「手すりに肘を乗せればいける」──そんなことはありません。
人間は、意識していなくても微妙に動いています。
三脚は必須です。
| 三脚の種類 | 価格目安 | メリット/デメリット |
|---|---|---|
| 100均のスマホ三脚 | 100円〜300円 | 安い。高さが低い |
| ゴリラポッド(フレキシブル三脚) | 1,000円〜3,000円 | どこにでも固定できる |
| 本格的な三脚 | 3,000円〜 | 安定感抜群。持ち運びがやや大変 |
「三脚を持っていない」という場合は、ベンチや手すりにスマホを立てかける方法もあります。
ただし、安定性は劣るため、風で倒れないよう注意してください。
iPhoneでの撮影設定
iPhoneで星空を撮るには、ナイトモードを使います。
ナイトモードは、暗い場所で自動的にオンになりますが、露光時間の調整がポイントです。
手順:
- カメラアプリを開く
- 暗い場所で画面上部に「月のアイコン」が表示されることを確認
- 月のアイコンをタップ → スライダーで露光時間を最大(30秒)に設定
- 三脚にセットし、セルフタイマー(3秒または10秒)で撮影
露光時間が「10秒」と表示される場合
iPhoneは「手持ち」と「固定」を自動判定しています。
三脚にセットして数秒間動かさないでいると、「30秒」まで選べるようになります。
Pixelでの撮影設定
Pixelシリーズには、天体撮影モードが搭載されています(Pixel 4以降)。
このモードでは、通常のナイトモードよりも長い露光時間で撮影でき、天の川なども写りやすくなります。
手順:
- カメラアプリを開く
- 「夜景モード」に切り替える
- 三脚にセットして完全に静止させる
- 画面に「天体撮影を開始」と表示されたら、シャッターボタンをタップ
- 撮影完了まで数分間、絶対に動かさない
天体撮影モードが表示されない場合
スマホが「まだ動いている」と判断している可能性があります。
三脚にセットし、1〜2分間放置してから再度確認してください。
場所選びのコツ
スマホで星空を撮るなら、「安全」と「空の開け具合」のバランスが重要です。
| 場所 | 空の開け具合 | 安全性 | おすすめ度 |
|---|---|---|---|
| 河童橋の上 | ◎ | △(人が通ると揺れる) | ★★☆ |
| 河童橋のたもと(ベンチ付近) | ◯ | ◎ | ★★★ |
| バスターミナル前の広場 | ◎ | ◎ | ★★★ |
| 梓川の河原(安全な場所のみ) | ◎ | △(足場注意) | ★★☆ |
河童橋の上は避ける
橋は構造上、人が歩くと揺れます。
長時間露光中に誰かが通ると、写真がブレてしまいます。
失敗しても「見られただけでOK」
最後に、大事な心構えをお伝えします。
スマホでの星空撮影は、機種やセンサー性能によって結果が大きく変わります。
同じ設定でも、ノイズが多くなったり、星がうまく写らなかったりすることは珍しくありません。
失敗しても、「肉眼で見られた」という体験は残ります。
写真はあくまで記録。本当の価値は、その場で見上げた夜空にあります。
【マナー・注意点】「光の暴力」でトラブルにならないために

夜の上高地は、宿泊者全員が共有する空間です。
「自分さえ楽しければいい」という行動は、他の宿泊者とのトラブルや、自然環境への悪影響につながります。
ここでは、夜間に気をつけるべきマナーを整理します。
ライトの向き:「常に下向き」が基本
ライトを人に向けるのは、絶対にNGです。
夜間の目は暗闘に順応しています。
強い光を浴びると、一時的に視力を失い、転倒や事故の原因になります。
また、星空撮影をしている人のカメラにライトを向けると、数分間かけた露光が台無しになります。
マナー
- ライトは足元だけを照らす
- 他の人とすれ違うときは、一時的に光を弱める/消す
- 撮影中の人の近くでは、ライトをカバーする
声のボリューム:夜は音が響く
夜の上高地は、異様なほど静かです。
普通に話しているつもりでも、ホテルの客室まで聞こえることがあります。
- 友人との会話は小声で
- 笑い声や叫び声は厳禁
- クマ対策の「音を出す」は、普通のトーンの会話で十分
食べ物とゴミ:野生動物を寄せない
夜間に外で飲食するのは、避けてください。
上高地にはクマだけでなく、シカやサルも生息しています。
食べ物の匂いは、こうした動物を人間の生活圏に引き寄せる原因になります。
- 夜間の食べ歩きはNG
- ゴミは絶対に持ち帰る
- 飲み物のペットボトルも放置しない
まとめ:恐怖を「正しい恐れ」に変えて、宇宙を見上げよう
夜の上高地は、確かに怖い場所です。
暗闘、クマ、静寂──これらは「自然の中にいる」ことを強烈に思い出させてくれます。
しかし、だからこそ正しく準備すれば、一生モノの体験が待っています。
この記事の要点
- 行ける範囲を守る: 河童橋〜バスターミナルの「散策エリア」のみ。それ以外は禁止。
- 装備を万全にする: ヘッドライト、防寒着(夏でもダウン)、クマ鈴。
- 撮影は「固定」が命: 三脚を使い、セルフタイマーで撮影。手持ちは諦める。
- マナーを守る: ライトは下向き、声は小さく、食べ物は持ち歩かない。
今夜、少しだけ外に出てみませんか?
晴れていれば、頭上には「天然のプラネタリウム」が広がっています。
曇っていても、「夜の空気」を吸うだけで、旅の記憶は格段に濃くなるはずです。
今日からできるチェックリスト
夜の上高地を歩く前に、以下を確認してください。
- 宿の予約確認: 上高地の中に泊まらないと、夜の散策は不可能(バスが終わるため)
- 装備発掘: 家にある「ヘッドライト(防災用でも可)」と「ダウンジャケット」をスーツケースに入れる
- 三脚調達: 100円ショップで「スマホ用三脚」を買っておく
- アプリ準備: 星座アプリ(Star Walkなど)をインストールしておく
- 当日夕方: インフォメーションセンターで直近のクマ目撃情報を確認する
