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マッカートニーがビートルズの曲の著作権を持ってないのはなぜ?

約5分

米国のメディアによると、ビートルズの元メンバであるポール・マッカートニー(74歳)が、ビートルズの曲の著作権を持っている音楽出版会社ソニーATVミュージック・パブリッシングに対して、1月18日、曲の著作権の返還を求めて訴訟を起こしたということです。

昨日に引き続き、また著作権がらみの話しです。

数々の世界的なヒットを飛ばしたビートルズです。今も、世界の多くの場所で聴かれている彼らの曲は、ポールに莫大な収入をもたらしているんだろう、と思っている人は私だけでないはずです。

ところが実際はそうではなかったのです。

なぜポールが自分の作った、ビートルズの曲の著作権を持っていないのでしょう?

今回は、ポール・マッカートニーが著作権を手放した理由、そして、その後のビートルズの著作権の行方についてお話ししたいと思います。

とんでもない契約

Please Please Me

「プリーズ・プリーズ・ミー」が英国で大ヒットした1963年、当時ビートルズのマネージャを努めていたブライアン・エプスタイン氏と、ポール・マッカートニー、ジョン・レノンの3人は、音楽出版社「Dick James Music(DJM)」を経営していたディック・ジェイムズと、版権管理会社「ノーザン・ソングス」を立ち上げます。

ビートルズの曲の著作権を会社によって管理することは良いことなんですが、問題は契約の内容です。

その内容とは次のようなものでした。

  • 「ノーザン・ソングス」の株式は、半分がジェイムズと彼のパートナーであるチャールズ・シルバーが保有、残りの10%をエプスタインが、20%ずつをポールとジョンが保有する。
  • 1973年まで、ビートルズは毎年6曲の楽曲を作曲する。
  • それまで作られたビートルズの曲、53曲をノーザン・ソングスが管理する。

いくらポールやジョンが若く何も知らなかったとは言え、ずいぶんヒドイ内容です。

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エプスタインの死とノーザン・ソングスの売却

ビートルズの良きマネージャであったエプスタインが1967年8月に亡くなります。

これを機にポールととジョンは楽曲の管理権をジェイムズらから取得しようとしますが、彼らはノーザン・ソングスのすべての株式をポールらに内緒で、放送メディアのATV(Associated Television)に売ってしまいます。

株式の保有者であるポールやジョンに内緒で売ってしまうなんて、こんな事って許されるんですかね!?

これによってATVはビートルズの88の楽曲の権利を保有することになりました。

このあとポールらはATVから版権を買い取ろうとさまざまな策を講じますが、ことごとく失敗します。

もうやけになっちゃったんでしょうか、1969年にビートルズ側は、1973年まで楽曲を作り続けるという義務を解消する条件で、残りのポールやジョンの持つ株式をATVに売ってしまいます。

こうして、ビートルズの楽曲の版権は、ビートルズと関係のない会社に渡ってしまったのです。

もう、気の毒としか言いようがないです…。

その後の版権の行方

1981年に、ATVがオーストラリアの大富豪、ロバート・ホームズ・ア・コート氏に買収され、ビートルズの楽曲の版権を買い戻すチャンスがやってきます。

Robert Holmes a Court

提示された金額は、4000万ドル。当時のレートで約88億円です!

ポールは、オノ・ヨーコ(ジョンはすでに凶弾に倒れた後でした)に共同購入の話しを持ちかけますが、ヨーコは金額が高すぎるとして買戻しは失敗します。

オノ・ヨーコ

さらに、1984年にホームズ氏がATVの音楽部門を売りに出したときにも、ポールへ買戻しの話しがありましたが、やはり金額の問題で買戻しには至りませんでした。

このとき、ビートルズの楽曲の版権を買い取る人物が現れました。故マイケル・ジャクソンです。

Michael Jackson

当時マイケルは版権ビジネスに力を入れており、ATVの話しが舞い込んだ時マネージャのジョン・ブランカ氏に「いくらかかってもいいからビートルズの版権を手にいれろ」と指示したそうです。

マイケルは、ビートルズの版権を手に入れることでATV Music Publihingを所有することになった訳ですが、1995年にはソニーと共同でソニーATVミュージックパブリッシングを設立し、ここでビートルズの版権の管理をしていました。

マイケルが亡くなった後は、2016年にソニーがマイケルの保有する株式を買い取り、ソニーがビートルズの版権の管理をしています。

ようやくポールの元に版権が還るか?

アメリカでは「1976年著作権法」というものがあり、今回ポールが起こした訴訟はこれが拠り所となっています。

この法律では、楽曲の原作者が一度手放した著作権を35年後に取り戻せる、1978年以前に制作された楽曲については56年後に著作権が原作者に返還される、と定められています。

来年2018年は、ビートルズのデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ(Love Me Do)」が1962年に発売されてからちょうど56年になります。

しかし、56年も経つんですね…。ポールにとっては、非常に長い56年だったことでしょう。

訴訟がうまく行き、ポールの元にビートルズの楽曲の著作権が戻ってくるといいですね。

今後の成り行きを見守りたいと思います。

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